お勧めの万年筆
はじめに。万年筆に限らず筆記具の好みというものは本当に人様々だと思う。また使う用途によっても書きやすい筆記具というのは変わってくると思う。これが前書きの一つ。
もう一つの前書きは私個人の書き癖(のようなもの)について。私は筆圧が強い方だと思う。また手先があまり器用なタイプではない。その上汗かきである。文字をすらすらと流れるようには書けない。どうしても一文字一文字と丁寧に(字は本当に下手)書くことしか出来ない。
前書きはこれぐらいにしてお勧めの万年筆やら有名な万年筆について私の思うことを書いてみます。
まっ先にお勧めするのはパイロットのカスタム74。人によってはこれ一本で十分だという人もいるかもしれない。今の私はこのカスタム74が最も使用頻度が多いと思う。お値段がこれでも高すぎるという人もいるかもしれないし、逆にこれくらいの金額であれば出してもいいか、という人もいるだろう。この辺りは全く各人の事情によるだろう。
もっとお安いのでお勧めはないのか、ということであればパイロットのkakunoがいいかも。これもほぼ毎日、家計簿に数字を書くために使っている。パイロットのコクーンやライティブも買ってはみたけれどはじめに書いたように私は汗かきなのでキャップの取り外しがどうも素早く出来ず、使わなくなった。
汗かきということで書きやすい木軸の万年筆についても書いておく。今、手元にあるのはカスタム楓とカスタム槐。木軸ということでは共通しているが書き味はかなり異なるような。どちらの方がいいとは一概に言えない。楓は買った当初は買うほどのことはなかったか、と思ったけれど使っているうちにこれはこれで使い道がある、ということになっている。
パイロットばかりではないか、という人もいるかもしれない。セーラーやプラチナの万年筆もいくつか買ったけれどお気に入りの万年筆にはならなかった。
海外メーカーということであればペリカンのM800(またはM805)をお勧めする。けれど初めての一本ということであればお値段が高すぎるかも。私の手元には三本ある。(重量の)バランスがいい万年筆ということになると思う。
モンブランの149はどうなのか、といわれる方もいるだろう。極めて有名な万年筆だけど特にお勧めというわけではない。第一お値段が高すぎる。今の私は目上の人に手紙を書くときに使わなくはない、そんな頻度。
はじめに書いたように私は筆圧が強く強弱をつけて文字を書くということが出来ないのでパイロットのエラボーやペリカンM1000は合わなかった。
それからこれは書いておいた方がいいのだろう。万年筆というものは書いているうちに書き味が変わっていくのである。面倒なところでもあるしまた面白いところでもある。使い始めたときはどうもね、ということであっても、使っているうちにお気に入りの一本になるかもしれない。
私に書けるのはこんなところ。ペン先の種類について何も書いてはないではないか、と思う人がいるかもしれない。けれどこれは全く個人の好みということになるだろう。私はほとんどがF。
多少の試行錯誤は避けられないのかもしれない。お気に入りの万年筆を見つけてくださいな。
追加。カスタム743とカスタム845もいい万年筆だと思う。この二つは書き味が似ているようで微妙に異なる。
(少しだけ詳しくもう一度))原武史著、平成の終焉 (岩波新書)
この本を手にして読み始めた時、私にはある一つのことが気になっていた。書いてあるかな、書いてないかな、事実はどうだったのだろうか、という思いである。
するとp61にこう書いてある。
第2章と第3章で触れるように、天皇明仁は皇后美智子とともに、皇太子時代からさまざまな福祉施設を訪れてきましたが、精神障害者を収容する施設は訪れていません。受刑者が収容された刑事施設を訪れることもありません。たとえ日本国籍をもっていたとしても、そうした人々は除外されています。(引用終わり)
私は、やっぱりそうだったのね、と思った。
引用した文は、(おことばの)
問題点5-「国民」とは誰のことか
という小見出しがついたセクションに現れる。著者の原は精神障害者の施設のことについてはこれ以上何も書いていないし、またこのセクションの趣旨(つまりおことばには国民という言葉が11回現れるけど、あらかじめ除外されている人もいる、というほどの趣旨だろう)にはこれ以上の記述は特に必要ではないと考えたのかもしれない。また原は言うまでもなく精神障害の専門家ではないし。
この事実について何を思うか、とかそういうことは人により様々なのであろう。
方針を変更して
方針を変更してまとまりのない文を書いていくことにする。
鷲巣力 加藤周一はいかにして「加藤周一」となったか (岩波書店)
何時の頃からかは分からないし、何らかのきっかけがあったというわけでもないのだけど、加藤を「羊の歌(続も含めて)」だけで判断してしまうことはmisleadingになるのでは、という思いは持つようになっていた。私が歳をとった、ただそれだけのことかもしれない。本として活字になったことをそのまま真に受けることはどうもよくない、という知恵のようなものが身に着いた、そんな立派なものでもないのだけど。
本書を最初から最後まで通読したわけではない。こういう本の読み方はよくないとは思うのだけど。
最初にミーハー的な関心だ、といわれればそれまでのことを書いておく。ヒルダさんの写真が公になるのはずいぶん先のこと、私が生きている間には写真を見る可能性はあまりないのだろうな、と思っていた。けど本書には1枚、ヒルダさんの写真がある。こういうお顔の方だったのか、と。
加藤とヒルダさんは歳はあまり違わないのでは、とこれまた何の根拠もないのだけど漠然と思っていたけど、結構歳が離れているのだ。加藤と出会ったとき、ヒルダさんはまだ21歳だったのだ。学生だったのだろうか。
そしてヒルダさんは1983年に49歳で亡くなっている。もうずいぶん前に亡くなっていたんだ。
ヒルダさんについては本書に書かれている以上のことはもうあまり出てこないのかもしれない(本書にもそれほど多くのことが書かれているわけではないのだけど)。加藤がヒルダさん宛てに書いた手紙は将来公開される可能性はあるにしても。
最初の結婚のことは羊の歌には全く出てこない。それどころか著者の言葉を使えば虚構、というかかなりの嘘といってもいいことを加藤は書いていた、ということになるのだろう。一体どういう考えでこれだけの虚構を作って活字にしたのだろう。全くの嘘、とは言えないのだろうとは思うけれど。
男と女がくっついたり別れたりという話は全くの第三者には面白いとも言えるしそんなことは知りたくもないともいえるのだけど。
ヒルダさんの写真はあるのだけど後の二人の女性の写真はない。ご遺族の方が承諾しなかったのだろうか。このあたり、よく分からない。ヒルダさんのご遺族の方は了解されたということだろうか。けどヒルダさんのご遺族のことは本書には触れられていないと思う(私が見落としているのかもしれないけど)。矢島翠さんはすでによく知られている方だし写真もお見かけしたことがある。
本書が出版されるという広告を見たとき、何人かの方のことが思い浮かんだ。海軍の叔父さん、L中尉、原田義人。
(中略;また後でその気になれば続きは書きたいと思う)
本書は加藤のことを考える人にとっては大きな転換点になるのではなかろうか。